エレガンスに生きるとは
エレガンスとは、「上品であること、優雅であること、気品があること」
というのが一般的だが、「エレガンスに生きる」とは、どういうことだろうか。
実は、このテーマでBlogを書く課題が出た時、
正直、頭を抱えた。
何故なら、今の私はエレガンスに生きているとは、とても言いがたいからだ。
上品、優雅、気品とは程遠く、改めて考えると、あまりのギャップに目眩がする。
一体どうやってこれをBlogに綴ろうかと、かなり苦戦した。
仕方がないので、何故自分がエレガンスから程遠いと感じるのか、
ギャップを挙げていくことから始めてみた。
私は猪突猛進型で、逞しさがあることは自負している。
かなりの状況でも、火事場の馬鹿力を発揮して切り抜けられる自信がある。
その反面、かなりせっかちで、ゆったりと優雅な気品とは程遠い。
色々と考えてみたのだが、「上品、優雅、気品」は
外側に現れたものであり、まず内面が上品で、優雅で、気品があることが大事だと思う。
では内面に上品さ、優雅さ、気品を備えているとは。
まずは、しっかりと自分の軸があり、足が地についていること。
自分にとっての美しいものを知っていて、ぶれないこと。
そして、何事につけても余裕があり、知性があること。
知性とは、学業のことではない。
教養としての知性はもちろんだが、
それに加えて、日々起こる現象を自分の頭を通して判断できる能力。
場を読み、人の心を思いやることが出来ること。
ユーモアのセンスがあること。
偉ぶらず、ユーモアを持って物事に当たれる余裕があること。
それから、自分の領域を侵そうとするものに対し、きっぱりとNoを言える強さ。
結局のところ、エレガンスとは、これらを総括した生き方であり、
心のあり方が外面に現れたものであると思う。
最近、私の仕事やプライベートで、度々現れるキーワードが
「丁寧に」
キーワードと共に、かなり痛い思いもしたのだが、
これはひとつの転機を示しているのでは、と思うようになった。
今までは、がむしゃらに突き進んで生きてきた。
だがここからは、あらゆる意味で、もっと丁寧な生き方をしなさい。
そういう事ではないかと思う。
丁寧、というのもエレガンスのひとつの要素。
これからは、エレガンスに生きること。
人生を丁寧に美しく生きること。
それが、私に示された今後の生き方ではないかと思う。
マレーシア クアラルンプールより愛を込めて
Nana
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