2017年12月31日日曜日

2017年を振り返って

振り返ると、今年は怒涛の年だった。

本当に色々なことがあった年だったが、
何と言っても、コンサルティングに飛び込んだことが
今年一番の出来事だった。

Asami先生がコンサルティングを立ち上げられた時、
やりたいと思いながら、諸々の事情で諦めた。
今思えば、あの時は覚悟が全く足りなかったと分かる。

11月終わりになって、突然コンサルティングの扉が
再び開かれた。
「今年最後の節目として、コンサルティングの扉を
開かれてみてはいかがでしょうか。」
その言葉をいただいた時、
迷う気持ちは微塵もなかった。



人間はひとりで生まれて、ひとりであの世へ旅立つ。
それは誰もが同じ。
だが同時に、人間はひとりでは生きられず、
他人との関わりこそが、人生における最大の学びであり、
収穫だと思う。

傲慢に生きていては、たとえ傍目に成功したように見えても、
真の人生の豊かさは得られない。

私は今年、色々な人から助けていただいた。
それは仕事であったり、プライベートであったり、
子供を通してであったり、本当に色々な場面で。


以前は、他人から差し伸べられた手を振り払い、
自分ひとりで解決することが良いと信じていた。
実際に長年そうしてきて、自分を磨り減らしたこともある。

今は、もし誰かが手を差し伸べてくれたら、
その手を素直に握ることが出来る。
有難く助けていただいて、
今度は私が、誰かに手を差し伸べれば良いのだと分かった。



ハイヒールの哲学を学ぶことも同じ。
まずは自分が、先生の築き上げた哲学を受け継ぐことが先決。
それが出来たら、まだ見ぬ誰かに、その恩恵を伝えたい。

そうなれるよう、今は前を向いて一歩一歩進むだけ。



私の家族、両親、子供たち。
友人、同僚たち。
師であるAsami先生
Team Asami Parisの美しき侍の皆様。
拙いBlogへ訪れてくださった方々。

今年私に関わってくださった全ての方々へ
心からの愛と感謝を込めて。

本年はありがとうございました。
皆様の新年が素晴らしいものでありますように。




クアラルンプールより愛を込めて

nana


2017年12月30日土曜日

Marlene Dietrich という生きざま

本日のBlogは、私が敬愛するひとりの女性に捧げます。



12月27日

パートナーとなるハイヒールを迎えた日は、
偶然にも私が敬愛する女性の誕生日だった。


1930年代の女優 マレーネ・ディートリッヒ



コンサルティングを始めるにあたって、
イメージとなる女性の写真を2枚提出したのだが、
その時、真っ先に浮かんだのがマレーネだった。

オードリー・ヘップバーンやグレース・ケリーより前の世代の女優なので、
若い方はご存知ないかもしれない。



ドイツ、ベルリンの上流階級出身。
20年代の終わりに「嘆きの天使」のヒットがきっかけで、
アメリカに渡り、30年代を代表する女優となった。



細く弓を描く眉
長く物憂げな睫
退廃的な色香を漂わせる頬の陰影
そして、百万ドルの脚線美と呼ばれた美脚

妖艶、退廃美、男装の麗人
そんな言葉と共に、マレーネは爛熟した30年代の顔となった。




実のところ、マレーネ・ディートリッヒの映画の出来は、
どれもそんなに良いとは思えない。
だが映像美という点で、
他の女優と一線を画す圧倒的な美を見せ付けてくれるのだ。


もともと、大して美人ではない。
デビュー当時はかなりのぽっちゃり体型だった。
そんな彼女がハリウッドで成功し、
時代を代表する女優となった背景。


そこには頑固なまでの意思の強さ、そして努力があった。
徹底的に自分が築き上げたイメージに忠実に。
アンニュイな表情を出すために奥歯を抜き、
男装の麗人の名にふさわしく、当時はタブーとされた
男物の服も身に着けた。
私がマレーネに惹かれるのは、その意思の強さと真摯な努力、
そして圧倒的なプロ根性なのだ。




第二次世界大戦が始まると、マレーネはナチスドイツに抵抗して
アメリカに帰化する。
そして、自ら志願して、連合軍の慰問団に参加し、
激戦となったヨーロッパの最前線へと赴いた。



「彼らに今必要なのは、とびきりゴージャスなドレスと、ハイヒールよ。」



そう言って、トランクにドレスとハイヒールを詰め、
銃弾が飛び交う最前線で歌ったマレーネ。
彼女が慰問した兵士たちは、
明日はまた彼女の祖国と戦う男たちであり、
愛するベルリンの空爆に出撃する兵士たちだった。
しかも、ベルリンには母親と姉がいた。


どれほどの苦悩と葛藤があっただろうと思う。
だがマレーネは歌い続けた。
戦火の中
「リリー・マルレーン」を英語で、時にドイツ語で。
祖国で売国奴と呼ばれながら、それでも歌い続けた。
歌とドレスとハイヒールが、ナチスに対する彼女の武器だったのだ。





戦後、イスラエルに招待されてコンサートを行った時、
「何が起こるか分からないから、絶対にこれだけはするな」
と釘を刺されていたにも関わらず、
ドイツ語で「リリー・マルレーン」を歌い、大喝采を浴びた。
彼女に喝采を送ったのは、戦前ドイツに住んでいた聴衆であったという。

70代の終わりに骨折してからは、パリで隠遁生活を送り、
1992年、パリで亡くなった。
ドイツで彼女の名誉が回復したのは死後10年経ってからである。

今、マレーネはベルリンで静かに眠っている。




何と光と闇が強い人生だろうか。
だが彼女は光と闇の両方を、自らの意思で生き抜いた。
誰に何と言われようと、自分の信念を決して曲げなかった。


その意思の強さと圧倒的な努力、
そしてヘミングウェイやジャン・ギャバンという
一流の男性を惹き付けた知性とエレガンス。

憧れの女性は色々いても、
女性が女性に惹かれ、敬意を持つのは、
やはりその生き様に対してではないかと思う。
マレーネという女性の生き様が、私を惹きつけてやまない。



ハイヒールの哲学の世界へ飛び込んだ時、
真っ先に浮かんだのはマレーネだった。
そして、決意のハイヒールを迎えた日は
奇しくも彼女の誕生日。


愛するマレーネ・ディートリッヒ
あなたの強さとエレガンスに心からの敬意を。






リリー・マルレーン(独語版)

2017年12月29日金曜日

決意のハイヒールと敬愛する女性

12月27日
私の新しいパートナーとなる10cmのハイヒールを迎えた。

今まで履いていたのは日本製の黒いパテントの8cm
たった2cmの違いだが、履いて立った時の感じが全く違う。



最初はパテントが欲しかったのだが、この高さでパテントがなく、
スエードにした。
選んだサイズは、幅がかなりきつく、
私の外反母趾は大丈夫だろうかと心配になったので
今日、仕事帰りに再びお店に持っていった。

半サイズ大きいものと散々迷ったのだが、
大きいものにすると、馴染んだ後ゆるくなりすぎます、という
店員さんの言葉を信じて、結局そのまま連れて帰った。


人生初の10cmハイヒール。
ヒールの細さも初めてである。

まだ馴染んでいなくて、お互い様子を伺っている感じがする(笑)
まるでお見合いの後、はじめて2人きりでデートする時のような、
新鮮さと期待と不安が混じった気持ちに似ているのではないかと思う。
(お見合いをしたことはないが。笑)


これからどんな風に私に馴染んでくれるのか。

写真を撮った後、相棒になるハイヒールを箱にしまいながら、
よろしくね、と声をかけた。
まずは毎日足を入れて、仲良くなることが先決。





実は、ハイヒールを迎えた12月27日は、
偶然にも、私が敬愛する女性の誕生日であった。
こんなちょっとした偶然も、幸先が良いと感じる。

その女性については、次回綴りたいと思う。



2017年12月28日木曜日

魔法の小石

白い石が欲しい、と思った。
白くてちいさな、卵のような石が。


本棚の整理をしていて、「ザ・マジック」を見つけた。
引き寄せの法則ブームの元祖
「ザ・シークレット」の著者による28日間の感謝のワーク本である。
数年前 あるカウンセラーの方が薦めていて、
購入して実践したのを思い出した。

年末の断捨離のついでに処分しようかと思ったが、
今の私がこのワークをしたらどうなるだろうと閃いて、
一度ワークをしてから処分することにした。



ワークの中で、「魔法の石」を見つける。というのがある。
毎日寝る前のアンカリングにする石なのだが、
ふと、白い石が欲しい、と思った。
白くて、ちいさな卵のような石がいい。

コンドミニアムの敷地内を歩いてみたが、見つからない。
オフィスの植え込みを覗き込んでみたが、無い。
義姉の家の庭でさりげなく探してみても、しっくり来るものはなかった。


そのまま数日が過ぎて、
郵便受けを見に行くと、パリからの郵便物が届いていた。
2週間くらいで届くかなと思っていたものだが、
フランスの郵便局がのんびり屋なのか
マレーシアの郵便局がスローなのか。
おそらく両方だと思うが(笑)
1ヶ月近くたって、やっと届いた郵便物。


封筒を小脇に挟んで家に戻る途中、
ふと植木の下を見ると


石があった。


白くてちいさな、卵のような石が。


その植木の前は何度も通っているはず。
さっきも通ったのに。
これが、脳のRAS機能というやつだろうか。

RAS機能でも、引き寄せでも何でもいいのだが、
自分が思っていた通りの小石が突然目の前に現れたこと。
この些細な出来事が、私を嬉しくさせる。
大きさもちょうど片手の手のひらに収まるサイズで、
申し分ない。


思い描いたことは、手に入る。


それが現実となって、目の前に差し出されたような気がする。
たかが小石だが、物事はいいように解釈したもの勝ち。



思ったとおりの魔法の石が手に入ったのだから、
私が思い描いたことは、必ず手に入るのだ。



機嫌よくそう思い込んで、ワークを再開することにする。
28日後、どうなっているか、とても楽しみである。





                  魔法の石








2017年12月27日水曜日

なぜハイヒールが女性の人生を変えるか

ハイヒール。
それは、世にも魅惑的な物体。

子供の頃、母親のハイヒールをこっそり履いてみたことはないだろうか。
かかとが数センチ上がっただけで、
大人の世界を垣間見たような気分がした。
それは私たちが、大人の「女」を感じた瞬間。


以前、LGBTのパーティに招待された時、
登場した「美女」たちは皆、ハイヒールを履いていた。
彼女たちの艶やかな美女ぶりは、ハイヒール無しでは完成しないのだ。

ハイヒールには、足を入れた瞬間にその人を「女」にする魔力がある。
例えその人が、生物学的には男性であっても、である。

若かった私は、「彼女たち」にしょっちゅうこってりお説教された。
生まれつき女性であり、何の苦労も偏見も無くメイクができ、ドレスが着られる。
ハイヒールだって履けるし、サイズ選びだって苦労しないのに、
なんでハイヒール履かないの。
(彼女たちの多くは、苦労して見つけた巨大なハイヒールを履いていた)
あんたたち女のくせに手抜きすぎ。と。

さて、タイトルの
「なぜハイヒールが女性の人生を変えるか」


冒頭でも書いたように、ハイヒールを履くと誰もが、
女らしい気分になる。
ハイヒールは、その人の女性性を引き出すアイテムと言える。

しかし、履くだけでは「人生を変える」まではいかない。
極端な話、「履いて歩くだけ」なら誰でもできるのだ。


ハイヒールを履く動機。それは多かれ少なかれ、
「美しいものへの憧れ」ではないだろうか。
そして、その憧れをどれだけストイックに追求できるか。
鍵はそこにあるように思う。


スポーツの世界に、「心技体」という言葉があるように、
ハイヒールにも「心技体」がある。
コンサルティングを受けていると、つくづくそう感じる。

この美しいハイヒールを美しく履きこなしたい。という心。
ハイヒールで美しく歩くためのテクニック。すなわち技
ハイヒールを履きこなすための体作り。

どれが欠けても、ハイヒールを美しく履きこなすことはできない。
美しくあるためには、常に努力すること。
つまりストイックであること。

それから常に美意識を保つこと。
美意識を保つということは、自分を律することでもある。
どのように美しい自分でいるか。
この場合の美しさとは、飾り立てることではなく、
佇まいの美しさ、オーラのある美しさということだ。


オーラのある美しさは、
自分だけの世界に閉じこもっていては得られないものだと思う。
ストイックに美を追求はしても、そこに傲慢さやひとりよがりがあっては、
決してオーラのある美しさとはならない。
他者を思いやる余裕、自分の至らなさを認める謙虚さ。
美しくないものを跳ね除ける強さ。
内面が整ってはじめて、オーラは醸し出されるものだ。



Asami
先生のレッスンを受けた方は分かると思うが、
先生のレッスンはまるで武道のようだ。
私はこっそりと「ハイヒール道」と呼んでいるが、
まさに、ハイヒールで自分の心技体を鍛え上げると言って
差し支えないと思っている。

最も女性らしさを引き出すアイテムであるハイヒールと、
ハイヒールを美しく履きこなすための努力。
最初の動機が「美」であり、「美」に向かってひたすら自分と向き合うのだから、
女性の人生が変らないはずがない。



美しさの追求に終わりはない。
私はまだ、ほんの数歩を踏み出したばかりだ。
ハイヒールで美しく歩くにはまだまだ程遠いが、
日々少しずつでも努力し続けるのみ。


それは、私はハイヒールと共に美しくありたいから。
ただ、その一点のみである。




2017年12月26日火曜日

心の羅針盤とエネルギー

nanaさん、エネルギーが強いですね。と言われることがある。


最初に言われたのは5-6年前だろうか。
その時私は人生最悪の精神状態で、
本気の本気で消えて無くなりたいと思っていた。
だから、エネルギーが強いと言われて、この人は一体私の何を見て、
そんなことを言うのだろうと思ったものだ。

その状態から抜けた後も、たびたびパワフルだと言われる。
正直、私はエネルギーはよく分からないし、
単にバタバタしているだけではないかと思うのだが。


つい最近も似たようなことがあった。

私は時々、友人に方位鑑定をお願いしている。
昔、スイスに旅行した時に旅先で突然高熱が出て、
生まれて初めて救急車で運ばれたことがある。
後でその方位は「傷病」の凶方位だと知った。

それ以来、長距離の移動がありそうな時は、参考のために
その年の方位を見てもらっているのだ。

スカイプを繋いで、友人が出たとたん、彼女が笑いを含んだ声で、
nanaさん凄い。と言った。
何が?と聞くと、
「最近、パソコン壊れてて、対面鑑定しかしてなかったんです。
で、やっと買い換えて、2-3日したら、nanaさんからメールが来た(笑)
私、nanaさんのためにパソコン買い換えたのかなあ(笑)」
と言うではないか。


まさか私が彼女にPCを買うようそそのかした訳ではないが、
ふと「来年の方位見てもらおう」と思いついてメールしたタイミングが
どうやらバッチリだったようだ。
彼女に言わせると、それがエネルギーが強い証拠らしい。

方位の相談をして、来年から3年くらいの間に行きたいと思っている場所を言うと、
また彼女が笑った。
「nanaさん、よく分かってる。nanaさんが行きたいところ、
どこも方位的に悪いところ無いですよ。
だから、時期とか行きたいところとか、実は無意識で良く分かってるんです。

nanaさんの場合は、行きたいところに行っちゃったほうがいいです。
凶方位だとしても対処法はあるし。
行かないで、ガマンしてるほうがよっぽど運気が下がります」



行きたいところと言っても、実際に予定が入っているのはないし、
今のところ行くあてはない。
ただ、何となくこの先私は移動が多くなりそうな気がする。

どうやら私は、動き回ってエネルギーを作るタイプらしい。
大人しくしていると、エネルギーが枯渇してしまう。

エネルギーに鈍い私だが、11月末にコンサルティングを受けると決めてから、
物事が動き始めているのが分かる。
友人によると、エネルギーの出入りが上手くいき始めてるのだそうだ。


そうだとしたら、とても嬉しいし、
もっと自分の器を大きくしていかなければ、と思う。
心の羅針盤が示す方向へ進むために。
推進力となるエネルギーを高めること。

エネルギーを受け取れるだけの自分になるよう、
日々精進するのみである。






2017年12月25日月曜日

美しき男たちのクリスマスソング:Bing Crosby & David Bowie

昨日、今日のBlogは、完全に私の趣味の世界ではあるが、
興味を持たれた方はお付き合いいただきたい。(笑)



私が毎年、クリスマスに必ず見るYoutubeの動画。

Bing Crosby & David Bowie - "The Little Drummer Boy (Peace On Earth)"



Bing Crosby
1930年代から歌手、俳優としてハリウッドのトップスターに君臨し続け、
数々のクリスマスソングのヒットを輩出した、「クリスマスソングの王様」。
昨日投稿したビデオの、Winter Wonderlandも彼の持ち歌である。


そしてDavid Bowie
私が最も愛する女性シンガーがAnnie Lennoxなら、
最愛の男性シンガーはDavid Bowieなのだ。
David Bowieについては、書き出すととんでもなく長くなるので、
いずれ少しずつつ綴ろうと思う。



このビデオは1977年収録。
ブログを読まれている方の中には、まだ生まれていない方もいらっしゃるだろうし、
私でさえ9歳の子供だった(笑)
もちろん、リアルタイムでこのビデオを見たわけではない。



Bing Crosbyは当時74歳。
David Bowieは30歳。
コンテンポラリー・ミュージックの帝王として、
マニアに絶大な支持を受けていた頃である。


親子ほど年の離れた二人が、
「僕には6歳の息子がいるんです。ああ、この歌は息子の大好きな歌だ。」
「そうか、じゃあ一緒に歌おうか。」
という流れで見事なデュエットを聴かせてくれる。



特筆すべきはBing Crosbyの貫禄と色気。
さすがのBowieも、大御所の前ではまだ青い青年にすぎず、
大先輩の胸を貸してもらっているという感がある。

Bing Crosbyが深みのある低音で、The Little Drummer Boyを歌い、
そこにDavid Bowieの張りのある高音のPeace on Earthが絡んでゆく。
二つの異なる歌、異なるメロディーの不思議なハーモニー。



David Bowieの若く危うげなセクシーさ。
Bing Crosbyの円熟した余裕のあるセクシーさ。
男性のセクシーさは年齢には全く関係が無い。
むしろ年齢を重ねるほど熟成してゆくもの。
そう確信させてくれるビデオである。




美しき二人の男性が歌う、
至高のクリスマスソングをお楽しみいただければ幸いである。







"Peace on earth, can it be
Every child must be made aware
Every child must be made to care
Care enough for his fellow man
To give all the love that he can"


"I pray my wish will come true
For my child and your child too
He'll see the day of glory
See the day when men of good will
Live in peace, live in peace again"






世界中の全ての子供たちが、幸せでありますように。


Eurythmics - Winter Wonderland

私の最愛の女性シンガーの
懐かしいビデオをご紹介させていただく。

80年代の英国ロックデュオ
Eurythmixのクリスマスソングカバー



この強烈なOnly Oneの個性はAnnieならでは。
80年代の麗しいAnnie Lennoxと、
彼女の艶のある歌声を、どうぞご堪能下さい。


2017年12月24日日曜日

Merry Christmas from KL

クリスマスイブ

クアラルンプール(KL)で迎える20回目のクリスマスである。

日本のクリスマスを知っている私は、何回目のクリスマスであっても、
暑いクリスマスに慣れない。
逆に子供たちにとっては、暑いクリスマスが当たり前なので、
テレビや本でみるホワイトクリスマスは、
本当にそんな世界があるのかと夢の世界のようなのだ。

子供たちが小さい頃、サンタクロースの絵を見て、
サンタクロースはマレーシアに来る時もあんな服を着るの?
と聞かれたことがある。
マレーシアは暑いから、マレーシアに来る時は半袖のシャツかもね。
と答えたら、そんなのサンタらしくないと反論された。(笑)
もう何年も前の、懐かしい思い出だ。



子供たちとこんな話をしても、実は我が家はクリスマスを祝ったことがない。
私はマレー系マレーシア人と結婚しており、
マレー系はイスラム教徒のため、クリスマスは関係ない。
だから私の子供たちは、朝起きたらサンタさんからプレゼントが!
という経験をしたことがないのだ。

だからといって、寂しいとか悲しいという気持ちもない。
クリスマスはクリスチャンの人々が祝うもの。
自分たちの聖なる日ではないとしっかり認識しているからだ。




外国暮らしをしたことがある方はご存知だと思うが、
日本以外の国では、宗教が民族のアイデンティティと強く結びついている。
特に移民の多い国では、「○○国民」であると同時に、
○○系という民族的なルーツを非常に大切にする。
宗教はその根っこだと強く感じる。

マレーシアの場合は、マレー系はイスラム教、中華系は仏教や道教、
あるいはキリスト教。
インド系はヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教、シーク教が
混じっている。

クリスマスの時期、街はクリスマスのデコレーションで溢れるし、
クリスマスパーティも開かれる。
皆普通にクリスマスセールで買い物をし、
クリスチャンでなくても、パーティに招待されれば、
招待に応じて楽しんだりもする。

だが、本来クリスマスはクリスチャンの聖なる日。
だから、クリスチャン以外のマレーシア人は、
クリスマスを祝うことはしない。
パーティに招待されても、必要以上のどんちゃん騒ぎはしない。
祝うのは、あくまでもそれぞれの宗教の聖なる日なのだ。




私はあなたの大切な日を尊重します。
ただし私は私の大切な日を祝います。

これがマレーシア人のスタンスなのだ。
南国らしくのんびりムードで、何事にもおおらかなマレーシア人だが、
個々の線引きに関しては、日本よりずっと個人主義だ。

対等にお互いの違いを認め、尊重する。
相手の領域に必要以上に踏み込まない。

この点においては、マレーシア人のほうが日本人よりずっと徹底していると思う。
人間関係において、私が心地よいと思う点のひとつだ。




ちなみにクリスマスを祝わない我が家。
何を祝うのかというと、イスラム教のラマダン(断食月)あけの祝日。
そして、私が日本人なので、日本のお正月である。
来週はもうお正月。
祝うといっても、年越し蕎麦を食べるくらいだが、
これが我が家の年末行事なのである。




クリスマスを大切な方たちとお過ごしの皆さま。
どうぞ良いクリスマスを。
メリークリスマス!


クアラルンプールより愛を込めて


nana


           




2017年12月23日土曜日

決断とは

決断とは


決めて
断つ



決心、決意、決定…
「決」を使う熟語は色々あるが、
「断」という字を使うだけに、より自分の覚悟が問われるように思う。



では、何を「断つ」のか。
一つは、「迷い」。
決断するまでには、色々と悩んだり葛藤するだろう。
しかし、一旦決断したら、決めたことだけに集中して、
その他の迷いは断つこと。
迷いがあると、必ずブレが出てくるからだ。

それから、断つべきは「今までの自分」
何か大きな決断を迫られる時は、今までとは違う状況や、
新しい何かに移行する時期のことが多い。
大きな決断をした時こそ、今までの自分を断ち、
これからの自分で生きる覚悟が必要となる。

一旦決めたら、腹をくくって、
これからの自分で生きること。

私が決めたのだから、これでいい。
そう腹を括った女性は強く、そして美しい。




最後に、唐突ではあるが、「天才バカボン」のバカボンパパの言葉をご紹介する。
いきなりバカボンパパが登場して、
面食らう方もいらっしゃるかと思うが(笑)
バカボンパパのセリフには、はっとするような名言が多いので、
興味のある方は検索してみていただきたい。


わしは バカボンのパパなのだ
この世は むずかしいのだ
わしの思うようにはならないのだ
でも わしは大丈夫なのだ
わしはいつでもわしなので 大丈夫なのだ
これでいいのだと言っているから 大丈夫なのだ
あなたも あなたで それでいいのだ
それでいいのだ
それでいいのだ







2017年12月22日金曜日

何のためにやるか

実は、私は運動が嫌いだ。





筋肉質の体型のため、よく 
「毎日走っているんですか」とか、 
「週何回ジム行ってるんですか?」と聞かれるが、 
ダンスとハイヒールレッスン以外、何もしていない。 
あとは気が向けば水泳をするくらいだ。

 そもそも、「身体を鍛える」ためのトレーニングには興味が無いので、
 ジムで黙々とマシントレーニングをするなど、絶対に続かない。
 ストイックにジムでトレーニングをされている方には申し訳ないのだが、
 ジムは私にとっては苦行でしかないし、
 マラソンなど聞いただけで気が遠くなりそうだ(笑)




そんな私だが、ハイヒールレッスンとダンスのためのストレッチや
エクササイズは毎日行っている。
なぜ毎日出来るのか。
それは、目的が体を鍛えるためや単に健康のためでなく、
「美しくあるため」だから。




例えば、ハイヒールレッスン前のストレッチ。
始めた当初は、ヒップのストレッチをすると、 
ヒップがちぎれるかと思うほど痛かった。
あまりに痛いので、ヒップのストレッチは飛ばそうかと何度思ったか。

飛ばしてしまいたいのをグッとこらえて続けるうちに、
だんだんヒップが柔らかくなってきたのか、
ストレッチが痛くなくなってきた。

これも、「ヒップを柔らかくしたいから」ではなく、
「ハイヒールを美しく履きこなしたい」と思うから出来るのだ。
美しくあるためのストレッチやエクササイズなら、
それが難しくても、多少辛くても、楽しみながら続けることができる。





どうやれば自分の体が変るのか。
改善してきたと思えるのはどこか。
昨日より1ミリでも、変化を感じられるのはどこか。
私は相当オタク気質なので、
こうなると人体実験のような感覚でのめり込んでしまう。(笑)




私と1日違いでコンサルティングを始められたMakiさんは、
現在妊娠6ヶ月でいらっしゃるそうだ。
だんだんと大きくなるお腹で、ハイヒールレッスンをされているのかと思うと、
その精神力に驚く。


きっとMakiさんも、ご自分が定められた目標があるから、
ぶれずにレッスンを受けられるのだろうと思う。

Makiさんが腹筋と美しい上半身の関係で、
ハイヒールで美しく歩く上での、重要な腹筋の使い方のポイント4つを、
分かりやすくまとめられている。


Makiさんの文章は感性と理性のバランスが素晴らしい。
最近では文章に柔らかさも加わって、
どんどん進化されているのが感じられる


もちろんお会いしたことはなく、
ブログを通じてしか存じ上げないのだが。
遠く離れていても、同じ時期にコンサルティングに挑まれて
いらっしゃるのは本当に励みになる。


私のブログをお読み下さっている皆さまには、
Makiさんの美しき世界も、ぜひご覧になっていただきたいと思う










sub RosaFacebookInstagramをオープンいたしました。
ブログ右のSNS欄リンクよりご覧いただけます。
Instagramでは、マレーシアの様子などを投稿していきたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。





2017年12月21日木曜日

感性で本質を見抜く

新しいハイヒールを探して でも綴ったが、
現在新たなパートナーとなる、10cmのハイヒールをネットで探している。



ようやく、これにしようかという型を見つけたが、
今度は素材と色をどうしようかと悩み始めてしまった。

同じ型で素材は2種類あり、
ひとつはパテントレザーで、色は黒、ベージュ、赤
もうひとつはスエードで、色は黒、ネイビー、ベージュ、ピンク。

第一印象はパテントレザーのベージュであったが、
見ているうちにネイビーのスエードも捨てがたくなってきた。
パテントは固いので、足に馴染むまで若干時間がかかるし、
外反母趾の右足が慣れるには、更に時間がかかる。

一人で考えていたら、だんだん分からなくなってしまったので、
日本にいる友人に、靴のURLを貼ってメールで相談したみた。

今朝、友人から返事が届いており、そこにはこう綴られていた。



nanaさんにはパテントレザーがいいと思います。

スエードの内側から出る温かみもいいけれど、
今は表面が輝いているパテントレザーが合っています。
nanaさんの美しさを引き出せると思います。


そして最後に、こう締めくくってあった。



nanaさんの決意のハイヒールですね。





嬉しさがこみ上げると同時に、参った。と思った。
私は単純に、素材と色で迷っていたに過ぎない。
しかし友人の返信は、私の期待をはるかに上回る、
イメージの本質を見抜いたものだった。


コンサルティングを始めるにあたって、
Asami先生にイメージとなる女性の写真を提示した。
その写真から導き出されたものは「強さ」
強さは、私がこの先ハイヒールコーチとして仕事をしていく上で、
核となるものである。


スエードとパテントレザーでは、輝きと質感が真逆である。
パテントレザーのハイヒールが私の美しさを引き出すと言う友人の言葉は、
ハイヒールコーチとしての私には、
パテントレザーの光沢と張りのある強さが必要と見抜いていた。





返信を読んだ後 もう一度、私のイメージの元である女性の写真を見てみた。
モノクロ写真の彼女は、パテントの靴を履いていた。

そんなことは知る由もない友人が、
まるで透視をしたかのようなメッセージをくれたことに、
私は心から感嘆する。
感性で本質を見抜くとは、こういうことなのだ。

遠く離れていても、通じ合える感性を持った友人がいる。
その幸せに心から感謝し、
私も日々、感性を磨こうと改めて決意した朝だった。










追記

友人の「決意のハイヒール」という言葉にヒントを得て、
ハイヒールを見に行くのは、
来週 27日に決めた。


27日。「7」が含まれた日。
ちょっとした私のゲン担ぎである。(笑)

靴だけは、実際に履いてみないと分からないため、
どうなるか分からない。
27日に無事パートナーとなるハイヒールに出会えるといいなと思っている。











2017年12月20日水曜日

年齢と筋肉美

人間の身体は美しい。



手元にある美術用のヌードポーズ集を眺める時。
バレリーナやダンサーの素晴らしい踊りを鑑賞する時。
人間の身体は、神様が作り上げた芸術品の一つだと強く感じる。

鍛え上げられたしなやかな筋肉は、まさに筋肉美と呼べるだろう。




いつも不思議でならないのだが、多くの日本人女性は、
顔のスキンケアやアンチエイジングには異常に気を使うのに、
身体に関しては全く無関心だ。

私も相応の年齢の女性であるので、エイジングが気になるのは分るし、
できれば、あまりシミやシワとは縁があって欲しくない(笑)
だがそれ以上に、体が老け込んでしまうこと。
こちらのほうが数倍恐ろしい。

どんなにメイクやヘアを美しく整えても、
頭が前に出すぎていたり、背中を丸めて立っていたら、
一気に老け感がでてしまって、全てが台無しとなる。
体は嘘をつけないので、自分の骨や筋肉の状態が、
正直に出てしまうのだ。





年齢が上がると、スタイルが崩れるのは仕方が無い。
体を鍛えたほうがいいのは分かっているけど、ついダラダラしてしまう。
そんな方には、真剣に警告したい。

筋肉は使わなければ萎縮します。
そして、一旦衰えて固くなった筋肉を、
良い状態に戻すのには、何倍もの時間がかかりますよ。と。





年齢に関係なく、というか
むしろ年齢が上がるほど、筋肉はあったほうが良い。

なぜなら、地球には重力があり、
何もしなければ筋肉はどんどん衰えて、
体の直立を支えられなくなってくるからだ。
胸とお腹がくっつきそうなほど、腰が曲がったお年寄りがいらっしゃるが、
あれは、骨の老化に加えて、体を支える筋肉が完全に弱ってしまった状態である。

早くそういう状態になりたいなら、これ以上何も言わないが、
年齢を重ねても美しくありたいなら、
今すぐ、筋肉を鍛え始めることをお勧めする。





ただし、鍛える=ムキムキになる。ではない。
ムキムキになる筋肉は、体の外側の筋肉(アウターマッスル)であり、
女性に必要なのは、正しく姿勢を保ったり、
動作を助ける筋肉(インナーマッスル)である。
大事なのは、インナーとアウターのバランスであり、
しなやかで質の良い筋肉を作ることだ。


試しに、肋骨と骨盤を引き離すイメージで、
まっすぐ背骨を引き上げて立ち、3分間キープしてみていただきたい。
キープできない方は、インナーマッスルが弱っている証拠だ。
この状態が続くと、その先どうなるかは、ここまでお読みいただいた方なら
容易に想像がつくはずだ。





人間の体が素晴らしいのは、
美しくなると意識して、正しい方法で動かしていくと、
必ず変ってくれるところだ。
これは私自身が、ダンスとハイヒールレッスンを通じて実感している。

忙しいから、運動が苦手だから、年だから、太っているから。
言い訳は色々あるが、体は本当に正直なので、
放置すれば放置しただけ衰えていくし、
手をかければかけただけ、ちゃんと応えてくれるのだ。

あとは本人がやるか、やらないか。だけである。





私は本気で、70代、80代でもハイヒールを履きこなせる体を作ると決めている。
すっかり白髪になった70代の私が、スッと背筋を伸ばして、
ハイヒールでエレガントに歩いている。
その姿はきっと、堂々としていて、
顔のしわでさえ人生の深みを感じさせる勲章になっているに違いない。

そんな私になると決めると、エイジングは怖いものではなく、
むしろ楽しみに思えてくる。





体は正直ゆえに、その人の生き様が現れる。
いつまでも美しくセクシーでいたいと思うなら、
この世にたったひとつの自分の体を丁寧に作り上げること。





豊かに年齢を重ねるには、それが何より大事なのである。












2017年12月19日火曜日

香りのレベル

私は香りが分からない。

結婚前、まだ日本にいた時は普通に香りが分かったのだが、
マレーシアに移住し、結婚、出産を経て1年が過ぎた頃、
突然、香りが分からなくなっているのに気がついた。

耳鼻科に行ったり、脳神経科に行ったり、色々してみたが
原因は分からなかった。

今さらジタバタしても仕方がないと受け入れているが、
治療を諦めた訳ではないので、
いつか必ず治すと決めてもいる。




嗅覚が無くなって困ることは色々あるが、
何と言っても香りを楽しむことができないこと。
それから、食べ物の味も半減してしまうことは悔しい。

私は香水マニアではないが、好きな香水が2-3個あって、
ほぼ毎日、どれかをつけている。
といっても、自分ではその香りが分からないため、
本当に私に似合った香りなのかは謎なのである。

香りが分からない女性は、香りをまとってはいけないという謂れはない。
ということで、香水を買いに行く時は、娘か、信頼できる友人と
一緒に出かけている。

娘はまだ11歳だが、子供は直感的に判断を下すし、
何より彼女は犬なみに鼻がよく、
判断も非常にシビアなのだ(笑)




一番好きなのは、DiorのJ'ador.
長年オードゥパルファンをつけていたが、
なくなったので、今回はオードゥトワレ(J'ador Lumière)にしてみた。

ダメ出し係の娘にもOKをもらい、しばらくつけていたのだが、
この数日、J'ador Lumièreをつけた瞬間に違和感を感じる。


実際の香りが分からないのに、違和感というのもおかしな話だが。
つけた瞬間に、「軽すぎる」と感じるのだ。
嫌な感じというより、物足りない感じ。
こんなことは初めてだ。
おかしいなと思いながら1週間ほどつけているが、
その感覚は日ごとに確かなものになっている。




もしかしてこれが、波動の違和感、というものだろうか。
だとしたら、J'adorのEDTはもう、今の私には軽すぎるのだろう。
香りは分からなくても、感覚でそれを感じているのかもしれない。
ではEDPに戻せばいいのかというと、
それも少し違う気がする。



私の師は、「香りは頭ひとつ分上のものを」と言う。
ということは、そろそろ香りのレベルを上げる時が来るのかもしれない。
だとしたらほんのわずかであっても、私のレベルが上がってきたのだろうかと、
淡い期待を抱いている。
嗅覚が無くても、私の残りの感覚と直感が、それを教えてくれたのだとしたら。
何しろ初めての感覚であるので、自分で自分を観察しているところだ。


困るのは、いったいどの香水が合うのか、
候補が全然分からないことだ。
まあそのうち、私に合う新しい香水との出会いがあるだろう。
どんな風に出会うのか。
それもまた楽しみにしている。














2017年12月18日月曜日

伝える人

コンサルティングを始めて2週目。

11月の終わりに、Asami先生に「やってみませんか」と言われたとき、
「やろう」と決意するまで、5分もかからなかったと記憶している。

私に出来るだろうかとか、もし出来なかったらとか、
そんなことは一切頭に浮かばず、ただ、
「やりたい。やろう」
と、それしかなかった。

「やります。」と返事をした後に、どっと不安と緊張が押し寄せてきたのだが、
同時に、私を動かすものは、やはり「美」しかないのだと確信した瞬間でもあった。


これが何かの資格になるとか、
何かに有利になるとか、
そういう理由では多分私は動かなかっただろう。

先生が築き上げた美しい世界を見てみたい。
自分でどこまで会得し、体現できるのかやってみたい。
ただ、それしかなかった。



数年前、人生で間違いなく最悪だった時期。
何とかその精神状態から抜け出そうと、ある方のセッションを受けたことがある。
そこで行ったワークの中で、ひとつの質問があった。


「あなたは、何をする人ですか?」



全く何の脈絡もなく、口から出たの言葉は、



「私は 伝える人です。」



何を、は分からなかった。
ただ、唐突にその言葉が浮かんで、躊躇いなく口から出ていた。
一体、何を伝えるのか分からないまま数年が過ぎても、
「伝える人」という言葉だけは、しっかりと私の中に残っていた。



そして今、ようやくはっきりと分かる。



憧れの世界を見てみたいと思いながら、
うずくまっていた私に手を差し伸べ、背中を押してくれた人がいる。
差し伸べられた手を素直に握り締めて、立ち上がり、
ようやく歩き出した私。


あんなにうずくまっていたのが嘘のように、
やると決めた時、何の迷いも無かった。
それは、私の魂が望んでいたことだったから。


今はひたすら、自分が定めた目標に向かって登るだけ。
そして目標を達成したら、
今度は私が、誰かに手を差し伸べる番。


あなたの美しさを認めていい。
あなたは美しくあっていい。
自分の人生を生きていい。

全ての女性は美しく、
自由で、健康に人生を生きる権利がある。

自分の人生に革命を起こし、人生を自分で掴む。
それは、あなたにも可能なのだ。
何歳でも、どこにいても、今どんな状況でも。


全世界の女性に、そう伝えたい。


私は伝える人。
女性に生まれた、この人生は素晴らしい。









2017年12月17日日曜日

マレーシアの結婚式

昨日、今日はマレー系マレーシア人の結婚式に参列してきた。


マレーシアは多民族国家。
マレー系、中華系、インド系が三大民族で、
その他にヨーロッパ系や少数民族などが混在している。


今回はマレー系の友人のお嬢さんの結婚式。
マレー系はイスラム教徒なので、結婚式もイスラム式だ。




マレー系の結婚式は、結婚式(アッカ・ニッカー)と、
披露宴(ブルサンディン)に分けて行われる。
アッカ・ニッカは普通、親族と親しい友人のみが参列する。
面白いのは披露宴で、
新郎側、新婦側それぞれが主催して
別々の日に行うのがならわしだ。


もし新郎がマレーシア北部の出身で、新婦が南部の出身の場合、
両方の披露宴に参加する親族は、マレーシアを
南北に大移動することになる。
しかも、それぞれの披露宴の招待客が1000人ずつというのも
普通のことなのだ。


1000人の招待客というと大規模だが、
招待客は全員がいっぺんに着席するのではなく、
適当な時間に行って、新郎新婦や両親に挨拶をして、
食事をしてさっさと帰るのが礼儀。
実のところ、全然関係ない人が紛れ込んで食事だけしても、
全くバレないし、誰も気にしないところが
南国らしいおおらかさと言うべきか。





もうひとつ特徴的なのは、結婚契約金と贈与金。
イスラムでは結婚は契約なので、
新郎から新婦へ結婚の契約金が支払われる。
契約金の額は州によって決まっていて、
確かクアラルンプールは100リンギット(3000円)程度だった思う。

3000円で嫁にされてたまるか!と思うかもしれないが(笑)
これとは別に、新婦への贈与金があり、
これは新郎の稼ぎ具合その他による。
つつましく数百リンギットから、数万リンギットまで、まちまちである。




契約金と贈与金の額、新郎から新婦へのプレゼントなどは全て、
婚姻契約書に細かく記載され、結婚式で読み上げられる。
新婦は証書にサインする前に、これらの目録にきちんと眼を通し、
異議があればその場で申告することが出来る。
例えば、プレゼントが1品書き漏れがあったら、
「○○が書かれていません」と言うことができるわけだ(笑)

これらは全て、新婦の財産であり、
離婚しようがなんだろうが、
誰も取り上げることは出来ないことになっている。




マレーシアの結婚式は、民族に関係なく
親族全体を巻きこんだ大イベントなことが多い。
アジアらしい大家族制が、まだ生きていることを実感するのが結婚式なのだ。

マレーシアに住んで20年。
どの民族の結婚式に参列しても、
結婚式は幸せなオーラに包まれていて、
いつもほほえましい気持ちになる。


新郎新婦の写真を撮らせてもらい、若いお2人に末長く幸あれと願った。














2017年12月16日土曜日

トラブルが起きたときには

昨日は仕事帰りに鍼灸に行った。

鍼灸をすると、副交感神経が刺激されるので眠くなる。
おかげで昨夜は、ブログ更新もしないまま寝落ちしてしまった。




昨日、鍼灸院からの帰り。
家についてから着替えようと、何気なく頭に手をやった瞬間
指先に触れるものがあった。


何と、鍼灸の鍼が1本、頭に刺さったままだったのだ!


もちろん、すぐに引き抜いたが、ずいぶん長いこと鍼灸に通っていて
初めての出来事だった。
あまりに意外だったのと、家に帰るまで頭に鍼が刺さっていたのかと思うと、
何だか可笑しくなって、引き抜いた鍼を手にしたまま笑ってしまった。




これを読まれて、皆さまはどう思われただろうか。
「そんな、危ない!」と思うだろうか。
「笑ってる場合じゃないでしょう。すぐに鍼灸院にクレーム入れないと!」と
思うかもしれない。

鍼が刺さったままなのを見過ごしたのは、確かに相手のミスだし、
危険ではある。
日本だったら、即クレームを入れて責任を問うのかもしれない。

しかしここはマレーシア。
日本人にしてみれば、まさかそんな!ということがよく起きる。
何かが起きた時に騒いだところで、埒があかないことはしょっちゅうだ。
むしろ物事がきっちり解決するほうが珍しいし、
「誠意を示す」という言葉など無いに等しい。




そういう時どうするか。
まずは何はともあれ、冷静になること。
現状を把握すること。
自分はどうしたいのか、自分の望む落しどころを決めること。
そしてその落しどころを得るために何をするか考えて実行する。

そして何よりも大事なのが、上手くいかなくても
そこで気持ちを切り替えて次に行く、いい意味でのあきらめ上手になることである。




私が嫌いな言葉のひとつに、
「どうしてくれるんだ」
がある。
クレームを言うとき、日本人が非常によく使う言葉であるが、
この言葉がなぜ嫌いかというと、責任転嫁そのものだからだ。

確かに、相手に全面的に落ち度がある場合もあるだろうが、
「どうしてくれるんだ」という言葉には、相手の落ち度や
罪悪感につけ込んで、責任を丸投げし、
何かを「してもらおう」という意図が感じられる。
私はそれが好きではない。

トラブルにあたっても、自分の意思は何なのか。
自分の意図はどこにあるのか。
まずは立ち位置を明確にすることが大事なのだ。
ここでも軸は非常に大切であり、軸がなければ延々と相手に振り回されることになる。





さて私は、件の鍼灸院に対して何をするか。
この次行く時に、「この前鍼が一本残ってたから気をつけてね」と話をし、
自分でも帰る前にもう一度確認する。
この辺りが適当かなと思っている。






2017年12月14日木曜日

大切な友

今日、12月14日は私の大切な友人の誕生日。

昨晩、時計が0時を廻ってすぐ、誕生祝いのメールを入れた。 
今年もまた、
「お誕生日おめでとう!」「ありがとう」のやりとりができることに、
心から感謝の気持ちが湧き上がった。




友人と私のつきあいは7年ほどになる。
日本とマレーシア、遠く離れているのでめったに会うことはないが、
メールのやりとりはずっと続いている。


数年前、偶然にも友人と私は同じような時期に、
同じような人生の試練に見舞われた。
その時、離れた場所で別々の人生を送っているにも関わらず、
同じような試練を迎えて、日々思うことをメールでやりとりしていた。


離れていても、心のうちを安心して話せる友がいることは、
何よりも心強い。
そのことがあって以来、なんだか私たちは戦友のような気がするねと
お互いに笑いあっている。





私は来年50歳。
この年齢になると、だんだんと大切な人が亡くなることが多くなってくる。
既に高齢の親戚だけでなく、
同年代の友人、知人の思いがけない訃報が届くこともある。


人生は短く、触れ合える人は限られていて、
その限られた人々と交流できる時間は更に短い。
私たちの人生の中で、真に財産と言えるものは「経験」であり、
「経験」は、間違いなく人を介してやってくると思っている。


ならば、限られた人生の中でめぐり合えた大切な人たちは、
すなわち、私に人生の真の財産である「経験」をもたらしてくれた人たち。
日々の雑事につい紛れて、疎遠になってしまいがちだが、
大切な人たちがまだ、この世にいるなら、
できるだけそのご縁を大切にしていきたいものだ。




今週末は少し時間をとって、
クリスマス&新年のグリーティングカードを書くことにしよう。



離れていても大切な人たちへ、心からの愛と感謝を込めて。






2017年12月13日水曜日

新しいハイヒールを探して

現在、私が持っているハイヒールの高さは8センチ。

1年前はこのヒールの高さが、ずいぶんと高く感じたものだ。
昨日のハイヒールレッスンで、Asami先生から
「nanaさんに8センチではもう低すぎるので、できれば10センチ以上のものを」
というお話があった。


10センチのハイヒール。
それは私にとって未知の世界。


ハイヒールは私にとって、憧れのアイテムであると同時に、
挑戦アイテムでもある。



私の足はもともと偏平足であり、
右足は外反母趾を発症している。
この足で10センチ以上のハイヒールが履きこなせるようになるのか。
それはまだ分からない。


一昔前は、外反母趾は合わない靴のせいであり、
爪先が細い靴や、ハイヒールのせいであると言われていた。
しかし、幅が広い靴を履こうが、スニーカーを履こうが、
マレーシアに来てからは、靴どころかビーチサンダルで日常を過ごそうが、
外反母趾は改善せず、進行する一方だった。


それであれば、外反母趾を靴のせいにする理由はない。
もちろん、無理は禁物だが、私はあきらめたくなかった。
もしもハイヒールに興味がなければ、
ハイヒールを履かないという選択肢もあるだろう。
でも私はハイヒールという美しいものを、どうしてもあきらめたくなかったのだ。


ハイヒールは私にとって、美しき挑戦アイテム。


今月中に新たなハイヒールを迎えようと、ネットで色々と検索中である。
残念ながら、ルブタンはマレーシアにショップが無いので、
ルブタン以外で探すことになる。


美しい靴が載っているウエブサイトを見ると、それだけで心が躍る。
今週末は既に予定が入っているから、次の週にショップに行ってみよう。
さて、私の元にはどんな10センチハイヒールが来るだろうか。
想像するとたまらなくワクワクする。











2017年12月12日火曜日

1年ぶりのハイヒールレッスン

先ほど、Asami先生とのハイヒールレッスンを終えた。


ハイヒールレッスンを受けるのは1年ぶり。
ちょうど昨年の12月、先生がプレタポルテコースをクローズする
最後の最後で扉を叩いて、レッスンを受けた。



それからちょうど1年。



この1年の間、いつもハイヒールを履いていた訳ではなく、
せっかく習ったエクササイズすら、ろくに行っていなかった。
全くもって、怠け者と言うしかない。


今日のレッスンにあたって、
果たして体の軸が取れるだろうか。
拇指球にきちんと体重が乗るだろうか。
若干の不安と共にスカイプを開いた。


60分のレッスンを終えて感じたこと。



人間、体で覚えたことは忘れないものだ。



もちろん1年のブランクがあるので、出来ていない部分もあったが、
思っていたよりも感覚が戻ってくるのが早く、嬉しかった



Asami先生のハイヒールレッスン中はいつも、
感覚を研ぎ澄ませて、体感覚を追うことに集中している。
頭であれこれ考える余裕はない。
頭で考え始めたとたんに、体に意識が行かなくなり、
全てがブレてしまうからだ。


耳から入る先生の声を、そのまま体に落とし込んで動く。
動いた時の体の感覚、筋肉の緊張具合、
重心はどこにあるか。
それらをしっかりと追うだけで精一杯なのだ。


自分の体と向き合う濃密な60分。
こんなに体の感覚を意識する時間は、他には無い。
だからこそ、体で覚えたことを忘れずにいられるのだろう。


1年ぶりのハイヒールレッスン。
緊張し、体力的にも少々きつかったが、
それ以上に爽快感で満たされた、幸せな時間であった。


今夜は心地よい疲れと共に、幸せな眠りに付くことができそうだ。



皆様も良い夢を。







2017年12月11日月曜日

体が教えてくれること

12月に入ってすぐ風邪をひいてしまい、それ以来どうもすっきりしない日々が続いている。

常夏のマレーシアで風邪?と思うかもしれないが、この季節はカンカン照りだったかと思うと、突然のゲリラ豪雨(スコール)という毎日。
こういう気候の時は風邪が流行る。
日本でも夏風邪はタチが悪く、なかなか治らないことが多いと思うが、全くそれと同じで、いったんひいてしまうと本当にしつこい。

加えて、あまり年齢を言い訳にしたくはないが、年齢と共に免疫力が落ちてきていると感じるのも事実。

コンサルティングが始まったばかりなのに、体調が万全でないことが悔しいが、
ここは何を優先させるかを考えて、仕事から帰ったらとにかく一旦横になることにしている。

私はつい限界まで頑張りすぎるクセがあり、何かをやる時はいっぺんにまとめて済ませてしまいたいタイプである。

しかし、何でもかんでも、がむしゃらに頑張ればよいというものではない。
思いがけない不調が教えてくれることは、時にスローダウンすることも必要ということ。
充分に体の声を聞いて、体と付き合っていくことの重要性を教えてくれている気がする。


2017年12月10日日曜日

常夏のアイススケート

今日は日曜日。
以前から娘に、アイススケートに連れて行って欲しいとせがまれて約束しており、
娘とお友達を連れて、スケートリンクのあるショッピングモールへと出かけた。

私はマレーシアに住んでいる。
常夏の国でアイススケート?と思うかもしれないが、クアラルンプールには年中アイススケートのできるスケートリンクがいくつかある。
雪や氷の世界を知らない子供たちにとっては、冬っぽいもの(?)を体験できる、
貴重な機会でもある。

たまにしか連れてこないアイススケートだが、子供たちの柔軟性と適応性は素晴らしく、
最初はへっぴり腰でも、10分もすればカンを取り戻してスイスイ滑るようになる。

もう4-5年前になるだろうか。
私も娘と一緒に、約40年ぶり(!)に滑ったことがある。
絶対転ぶだろうと思っていたが、体で覚えたことは忘れないのか、
ヨロヨロしながらも何とか転ばずに滑れたのが意外であり、嬉しくもあった。

あの頃は体を引き上げることや、拇指球に体重を乗せることなど意識していなかった。
今度、その意識を入れて滑ってみたらどうなるか、試してみようかな。
子供たちが滑るのを見ながら、そんなことをふと思った。

2017年12月9日土曜日

腹筋の重要性

私は週二回ベリーダンスのレッスンに通っている。

先週末からひどい風邪をひいていたので、今週はレッスンをお休みしていた。
今日、土曜日に久しぶりにレッスンに行った。
体力が落ちているから、あまり踊れないだろうとは予想していたが、
予想以上に自分の体がグダグダになっていたのには驚いた。

何よりも、腹筋で状態を引き上げ続けていられない。
引き上げようと意識はしていたのだが、すぐに疲れてしまって、
気がつくと上体が落ちている。

そうするとコアが定まらないので、何をしてもブレてしまう。
その上体で、ターンをしたのはやりすぎだったらしく、
三回くらいターンをしたら目眩がした(笑)

まあ、さすがに今週はあまり無理はできないので、途中休ませてもらいながら、
体慣らし程度に留めておいた。

断っておくが、私のダンスはまだまだ初心者レベル。
それでも最近は、意識して腹筋で上体を引き上げるようにしていたので、それが出来ないと非常に気持ちが悪い。

人間、自分の筋肉で自分の体を支えられなくなったら、即ゆがみや老化が加速するのだろうと実感した。

まずは何よりも、上体を常に引き上げ続けられるようにしておくこと。
これだけでも、下手なジムに入会するよりずっと、健康維持に繋がると思っている。




2017年12月8日金曜日

魂の声

昨日、12月7日。
記念すべき第一回目のAsami-Parisコンサルティングを受けた。
ちょうど24時間前のことである。

本当は昨晩のうちにブログに綴りたかったが、
うまく言葉に落とし込めず、一晩自分の中で寝かせてから再度挑戦している。
もしかしたら、お読みいただいている方には意味が分からないかもしれないが、
自分の記録としてここに綴ろうと思う。




昨晩Asami先生のコンサルティングを受けた後、私はしばらく呆然としていた。
風邪は良くなったはずなのに、また熱が上がったかのような感覚。

コンサルティングでは、自分の口から出てきた言葉に、正直驚きの連続だった。


Asami先生に導かれて自分が出したビジョンは、それまで漠然と考えていたものより遥かに高く、今の私にはまるでエベレスト3、4個分の高さに思える。

よくあんなこと言ったなと呆れる反面、
私は今まで、どれだけのことを見ないふりをし、逃げ続けてきたのかと思った。


昨日行ったレッスン。
仕事に立つ際に、こうありたいという女性像のイメージを深堀りし、落とし込んでゆく中で、私は彼女の「声」を聴いた。

それは彼女の声であり、私の声。
あの、ほんの一瞬 全てが重なり合った瞬間を、私は決して忘れないだろう。
なぜならあれは、私の魂の声だったと確信できるから。

たとえ目標がどんなに遠くとも、遥かに高くとも、
あの声を聴いてしまったら、その声に従って進むしかないのだ。

もはや誤魔化しはきかない。









2017年12月7日木曜日

なな・7・nana

私の名前、nanaは本名ではありません。

本名の一字「な」をふたつ重ねたのと、7日生まれなので「7」にちなんでつけました。
もちろん、ラッキーセブンにあやかった、というのもあります。


以前、数秘術で鑑定をしていただいた時に、私の数字は7-7-1だと言われました。
細かいことは忘れましたが、確か

「7が2つもある方は、相当な変わり者でオタクなのよ。
ご自分の世界を追求するのが大好きなの。
それに1があるから、本当は独立して、ご自分で何かなさるほうがいいのね。
これだけの変わり者が結婚できたのは奇跡ね。
これからは、何か専門的なことを追求して、ご自分独自のもので、一本立ちの道を探られてはいかがかしら」

ということでした。

結婚できたのは奇跡、には苦笑いしましたが、
私は変わり者でオタクな7気質、
けっこう気に入っています。

私が追求すべき専門的なこと、は何だろうとずっと模索してきました。
今回、Asami-Parisのコンサルティングを受けることになって、
パチッとピースが嵌ったような気がしました。

今日、12月7日木曜日。
sub Rosa nanaとしてコンサルティングが始まります。

期待と不安と緊張とが入り混じり、「武者震い」とはこういう感覚なのかと思います。
ここからはただ、やり遂げることを目標に進むしかありません。

奇しくも「7日」
そして、曜日までが私の生まれ曜日と同じ木曜日。

「7 なな」に後押しされて、ハイヒールコーチのnanaを創造する道のりのスタートです。




今日は、コンサルティング開始直前の緊張をほぐすために、今までとは違った文体で書いてみました。
いかがでしょうか?

2017年12月4日月曜日

リセット

土曜日から発熱して四日。
まだ熱があり、足元がフラフラするので、今日は仕事を休んだ。

それにしても今回の風邪はひどかった。
四日間ほとんど何も出来ず、ひたすら寝ているしかない。
その上、三日目の夜には突然の下痢と嘔吐。
汚い話で恐縮だが、本当に体の中のものが全て出てしまったようだ。

今日の夕方、熱が下がったのでストレッチをしてみた。
病み上がりで体力が無かったり、体が固くなっていることを差し引いても、
ひどい状態で、思わず苦笑いをしてしまった。

Asami先生のプレタポルテレッスンを受けて約1年。
その間、私にはやっぱりハイヒールは無理だとあきらめかけた。
あきらめの気持ちと共に、ストレッチもしなくなってしまった。

その結果が今の体の状態なのだ。
あきらめの代償
それは、それまでどんなにコツコツ積み上げたものがあったとしても、
全て無にしてしまう。

何かを掴みたいと思ったら、どんなに遠回りに思えても、
コツコツと積み上げていくしかない。

いよいよ今週の木曜から、Asami先生とのコンサルティングが始まる。
このタイミングでちょうど空っぽになった頭と体で、
またひとつずつ積み上げていく。

そんな気持ちでいる。






2017年12月3日日曜日

週末

この週末、マレーシアは3連休だった。

金曜日は娘にせがまれて映画を観に出かけたが、その時少し寒気がした。

土曜日の朝、喉がおかしかった。
まずい、と思った。
マレーシアの風邪はウィルスが強いのか、朝ちょっと喉がおかしい程度でも、
あっという間に悪化して午後には高熱が出るのが普通。
案の定熱が出た。

日曜日。
何と言っても今週はAsami先生とのコンサルティングが始まる。
ズルズルと体調の悪さを引きずってはいられない。
抗生物質を飲むのは嫌だが、ここでしっかり治さないと長引くのがマレーシアの風邪。
クリニックに行って薬をもらい、あとはひたすら寝てすごした。


以前の私なら、多少熱があっても、家事やその他色々を無理して動き回ったものだ。
でも今は、何を優先させるかを考える。

頭の中では色々な声がする。
なんでこんな時に熱が出るの。
あれしなきゃ、これもしなきゃ、あれやろうと思ってたのに。

眼をつぶって、それらの声をシャットダウンする。
今必要なのは休息。
体を休めて、今週から始まるコンサルティングに備えること。


本当に大切にすることが決まれば、
優先順位はおのずと決まってくるもの。

熱でぼうっとしながら、そんなことを思った。













2017年12月2日土曜日

ハイヒールの哲学との出会い

私の美しき師であるAsami先生を知ったのは、どなたかのブログでお名前を拝見したのが最初だったと思う。

多分、3年くらい前のことだったと記憶している。

パリでハイヒールコーチをなさっているということに興味を引かれたが、
それ以上に、先生が「ハイヒールの哲学」を打ち出していらっしゃることに強く惹かれた。
それからブログの過去記事を全部読んだ。

ハイヒールを履いて歩く女性は大勢いる。
ハイヒールの歩き方を教えるインストラクターも大勢いる。

しかし、ハイヒールで歩くことを、「人生の哲学」にまで高めている方は、私はAsami先生の他に知らない。
そこが他のインストラクターと決定的に違うのだ。

私は、先生のハイヒールの哲学に触れられることを幸運だと思う。


2017年12月1日金曜日

Opening

はじめまして。nanaと申します。

sub rosa

この言葉を知ったのが、いつだったか。
正確には覚えていない。

ラテン語で「薔薇の下」
転じて、「秘密に、内密に」という意味がある。

古の時代
薔薇を天井から吊るし、その下で行われた会合で話されたことは、
その場を出たら一切他言無用という暗黙の了解があったという。

会合ではなく、宴席という説もあり、
また、薔薇はヴィーナスの美の秘密として、沈黙の神に捧げられたからとも。

言葉の正確な由来は分からないままだが、
「薔薇」と「秘密」というふたつの意味が、私を惹きつけた。
それ以来、ずっと心の片隅にあった言葉。


数日前に、全く突然に訪れた人生の大きな決断。
それはハイヒールの哲学、美の哲学を学び、世の女性に広く伝えるということ。

私の美しき師から、課題としてブログの解説を指示された時、
即座に思い浮かんだのはこの言葉。
ああ、私は、このためにこの言葉をずっと温めていたのかと。
思わず笑みがこぼれた。

sub Rosa
スブローサ  
心の薔薇の下で


自分と交わした秘密の誓い。

これから学んでゆくハイヒールと人生と美の哲学。
私が学ぶ美の秘密を、今度は世の女性にお渡しするために。

今日から、sub Rosaのnanaとして綴ってゆく言葉が、
薔薇の花びらの一枚一枚のように重なり、やがて花開くよう想いを込めて。

nana_sub Rosa