2018年5月20日日曜日

人生の決断

先日から3回に渡って、私がマレーシアに住むようになったきっかけを綴ってみた。

「外国に移住するなんて よく決断しましたね。」
「勇気がありますね。」
と よく言われるのだが、私にしてみれば
移住した動機は、知らない世界を見てみたい。
という好奇心が一番大きかったような気がする。


今、思い切って日本を飛び出してしまうか。
あるいはリスクを避けて、日本に住む道を選ぶか。

私が選んだのは飛び出すほうであった。
(私は多分に無鉄砲なので、決してお勧めはしないが)
飛び出した後、決して順風満帆だった訳ではなく
外国に住むという現実と、日本では予想不可能なハプニングに何回も襲われ
正直、飛び出したことを後悔したこともあった。

だが、どう考えても、リスクを避ける、という選択は無かったと思う。
もしあの時、思い切って飛び出さなければ
そちらのほうがずっと後悔が大きかっただろう。



人生には重大な岐路がいくつもあり
選択を迫られる場面もある。
私が心がけていること。それは

ー 死ぬ間際の私が、今の私を見た時に
今私がしようとしている選択をどう感じるだろうか -

という視点で、未来の私から今の選択を見てみること。

私は、理想の死に方を決めてある。
それは、死ぬ間際に人生を振り返って、
「色んなことがあったけど、まあまあ面白い人生だったわ。」
と、笑って死ぬ。というものだ。


少々風変わりな考え方かもしれないが
死ぬ間際の未来の私が、ああ、あんなこともあったわね。
大変なこともあったけど、いい経験だった。
そう思えるような選択なら良しとする。

そうすると、例えば、人を陥れたり、人の言うままになったり
そんな選択は自動的に外されてくる。
自分にとって、何が最善か。
人のためでなく、自分が生きる上で、最高の選択を自分に与えると決めるのだ。


そして、一旦何かを決めたら、その決断に誇りを持つこと。
何が起こっても、自分の決断に誇りを持ち
あの時 ああすれば。あの時 人がああ言ったから、という後悔は
断固として遠ざけることである。


人間は誰一人、未来の事は分からないのだ。
決めて、行動することでしか未来は作られない。
もしも、途中で進退窮まったら、再度選択、決断して
行動すれば良い。
人生はその繰り返しなのだから。


人事を尽くして天命を待つ


これは不変の真理だと思う。
そして、人事を尽くすには、まず決めることである。
誰のためでもない、自分のために。



そうは言っても、色々な事情があり
自分の状況を考えると、決めること、行動することを躊躇してしまう方へ。
最近、私が実行していることは、


意識のベクトルを定めること。


諸事情や、タイミングや、その他諸々のしがらみで
即行動に移せない時。
まずは自分がどうするのか
意識の方向性を決めてしまうのだ。

スポーツの競技でも、ダンスでも、まず目線を定めなければ
その方向に動けないのと同じだ。
とにかく頭の中、意識だけでも こっちの方向へ行きたいと意識する。


そうすると、不思議なことに定めたベクトルの方向に進むような
出来事が起こったり、情報が入ってきたりする。
これは私自身が実証済みなので、小さなことで良いから
意識のベクトルを定める訓練をしてみることをお勧めする。


これは誰にも知られず、お金も掛からず
いきなり行動することのリスクも無い。
そうか、では試してみようとやってみる人
そんなこと言っても。と、やらない人
どちらが自分の未来を切り開けるかは明白である。


ちなみに昔の私は、寿命を75歳に設定していた。
50歳になった今は、75歳寿命などとんでもなくて
100歳まで生きる気満々だし、そのうち80代までは
元気にハイヒールを履くつもりでいる。


一度きりの人生
どう生きるかは100%自分次第。
死ぬ時に面白かった!と笑って死ねるようやりたいことをやる。
破天荒上等。

こう思えば、全ての決断は怖くない。
これが、私流の決断の奥義なのである。


マレーシア クアラルンプールより愛を込めて
Nana



















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